大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)2786号
原告
堀井五十二
右訴訟代理人弁護士
安若俊二
被告
宇田工業株式会社
右代表者代表取締役
宇田庄治郎こと宇田三郎
右訴訟代理人弁護士
浜本恒哉
主文
一 被告は、原告に対し、
1 金三六一万五四五〇円並びに内金三三六万六〇〇〇円に対する昭和五八年四月六日以降及び内金二四万九四五〇円に対する同月二六日以降各支払ずみまで年五分の割合による金員
並びに、
2 金二四万九四五〇円及びこれに対する本判決確定の日の翌日以降支払ずみまで年五分の割合による金員
をそれぞれ支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その四を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項1につき、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、
(一) 金四四五万六九五〇円及びこれに対する昭和五八年四月六日以降支払ずみまで年五分の割合による金員並びに、
(二) 金二四万九四五〇円及びこれに対する本判決確定の日の翌日以降支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 1項(一)につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和四一年一〇月一日、被告会社に雇用されたが、被告会社から、昭和五七年九月三〇日ころ、同日付で「当社は経営困難に陥り大阪地方裁判所へ和議申請を為し、以後人員縮少のやむなきに至った。」との理由で解雇(以下「本件即時解雇」という。)する旨の意思表示を受けた。
2 原告の本件即時解雇直前の月額給料は、次のとおりであった。
基本賃金 金二〇万四〇〇〇円
家族手当 金一五〇〇円
役付手当 金二万円
勤務手当 金二万九五〇〇円
以上合計金二五万五〇〇〇円
3 被告会社が、昭和五七年五月ころ作成し、一般従業員に周知徹底した退職給与支給規定(以下「本件規定」という。)によると、従業員が退職した場合には、退職金として、退職時の基本給に勤務期間に応じた支給率を乗じた額が支給される旨定められているところ、原告の場合、勤務期間一六年に対応する支給率は一六・五であるから、これを、前項記載の月額給料金二五万五〇〇〇円に乗じてその退職金額を算出すると、金四二〇万七五〇〇円となる。
4 原告の本件即時解雇日以前三箇月間の月額賃金は、いずれも前記2項と同額であったから、これをもとに原告の平均日額賃金を算出すると金八三一五円(255,000×3÷92=8,315)となるところ、被告会社は、本件即時解雇の意思表示をなす際解雇予告手当の支払いをしなかったが、原告は、右意思表示を有効として、被告会社に対して、右の平均日額賃金に三〇日を乗じた金二四万九四五〇円の解雇予告手当の支払及び労働基準法(以下「労基法」という。)一一四条による、右金額と同額の附加金の支払を請求する。
5 原告は、被告会社に対し、本件即時解雇直後の昭和五七年一〇月五日ころから3項記載の退職金を請求してきたが、昭和五八年四月五日到達の内容証明郵便をもって再度退職金及び4項記載の解雇予告手当の支払を催告した。
6 よって、原告は、被告会社に対し、本件規定による退職金四二〇万七五〇〇円、解雇予告手当二四万九四五〇円及び附加金二四万九四五〇円、並びに、右退職金及び解雇予告手当の合計金四四五万六九五〇円に対する昭和五八年四月六日(退職金については弁済期の後、解雇予告手当については催告の日の翌日)以降及び右附加金二四万九四五〇円に対する本判決確定の日の翌日以降各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2は、いずれも認める。
2 同3のうち、原告主張の本件規定に原告主張のとおりの定めがあることは認めるが、その余は否認する。本件規定は、被告会社代表取締役に無断で従業員が作成し労働基準監督署に届け出たものである。また、本件規定上の基本給は、諸手当を除いた基本賃金をさすものと解すべきである。
3 同5は否認する。
三 抗弁
(通謀虚偽表示)
1 本件規定は、被告会社が、原告を含む全従業員との間で、被告会社破産の場合に優先債権として従業員の退職金債権を認めてもらう意図のもとに、実際には本件規定にもとづいて従業員に対し退職金を支給する意思がないのに、その意思があるかのように仮装することを合意して作成したものであるから、通謀虚偽表示として無効である。
(退職金の不支給合意)
2 被告会社は、原告を含む全従業員との間で、和議の申請をした昭和五七年六月三〇日ころ、本件規定にもとづき退職金を支払わない旨合意した。
(解雇予告手当の支払猶予合意)
3 被告会社は、原告を含む全従業員との間で、昭和五七年五月ころ、支払可能な時期まで解雇予告手当の支払を猶予してもらう旨合意した。
四 抗弁に対する認否
いずれも否認する。
第三証拠
証拠は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告の退職金請求について判断する。
1 まず、被告会社が本件規定を作成したか否かについて検討するに、(証拠略)、原告及び被告代表者各本人尋問の結果(右いずれも後記信用しない部分を除く。)、弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 被告会社は、昭和二四年五月四日に設立された、港湾の浚渫、埋立及びこれに付随する臨海工事、海上運送並びに曳船事業を業とする会社であるが、昭和四八年のいわゆるオイル・ショック以来仕事の受注が激減したうえ、そのころとられた業績不振の打開策がかえって負担となって経営が悪化し、会社の資産売却などでその状態を切り抜けてきたものの、昭和五六年一二月に、主要取引金融機関である淡陽信用組合から融資を拒否され、さらにその後、従業員の給料の支払にも事欠くような状態に陥り、そのままでは経営維持が困難な事態にたち至ったため、資産及び負債を検討し、昭和五七年六月三〇日、大阪地方裁判所に和議の申請をなし(同庁昭和五七年(コ)第四三号)、同年一一月末日ころ、その認可決定を受けた。なお、被告会社の従業員数は、過去平均して七〇名程度であったが、和議申請当時は六三名となり、人員整理の結果、昭和五七年九月一八日ころまでには、役員を含め二〇名となり、その後、原告らを解雇したことによって、さらにその数は、減少するに至っている。
(二) ところで、被告会社では、従来、退職金支給規定がなかったが、従業員からその作成を強く要望されたりしたので、被告会社代表取締役社長宇田庄治郎こと宇田三郎(以下「宇田社長」という。)は、昭和四三年一二月ころ、住友生命保険相互会社と企業年金保険契約を締結し、従業員が停年退職した場合に退職年金又は退職一時金を支給することを内容とする退職年金支給規定を作成し、翌四四年一月一〇日、これを大阪西労働基準監督署に届け出た。
(三) しかしながら、その後暫くしてから、宇田社長の指示で右企業年金保険契約の掛金の支払が停止されたため、右退職年金支給規定は事実上廃止された状態となり、同規定にもとづいて退職年金若しくは退職一時金の支給を受けた従業員は全くなく、宇田社長付きの元自動車運転手ら二、三名の従業員が、退職時に、宇田社長独自の判断で香典名義などで若干の金員の支給を受けたにすぎない状態が続いていた。そのため、従業員から改めて退職金支給規定を作成しその実施を求める声が絶えず、宇田社長も、前記(一)記載の和議申請の三、四年前ころには、従業員に対し、退職金支給規定を作成して実施することを約するに至っていた。また、被告会社では、そのころ、労務担当者が中心となって、退職金支給規定作成の参考とするため、他社の退職金支給規定を調査して資料をまとめたりした。
(四) ところが、退職金支給規定の作成が具体化しないうち、被告会社は、前記(一)のとおり、経営が悪化し、昭和五六年一二月ころには主要取引金融機関から融資を拒否されるような事態となったところ、被告会社の労務担当課長であった卯辰博郷(以下「卯辰課長」という。)は、昭和五七年一月ころから、何度も被告会社名古屋支店長の平木秀俊などから急ぎ退職金支給規定を作成するよう要請を受けるに至った。
(五) 卯辰課長は、右要請に応じて、昭和五七年五月二五、六日ころまでかかって、(三)記載の調査収集した他社の退職金支給規定などを参考にし、宇田社長から従来保管を委され、労働基準監督署、近畿海運局など官公庁に書類を提出する際使用していた被告会社及び宇田社長の記名印を用いて本件規定を起案した。ついで、卯辰課長は、同年六月末に和議の申請がなされることは知らされないままに、本件規定を被告会社の専務取締役中山陽運(以下「中山専務」という。)や従業員の瀬川春男、梶川誠治、原告、現場部門の船長らに個別に見せて意見を徴したうえ、同年六月一四日、五日ころ、中山専務や瀬川春男らが同席する席上、宇田社長に本件規定の制定の了解を求めたところ、本件規定を見た宇田社長は、いつものように、当初「お前らこれを作って会社の財産をくいものにする気か。」などと言って了解しようとしなかったが、なおも、卯辰課長から説得された結果、最終的には「仕方がない。」と言って本件規定の制定を了解する態度を示した。
(六) そこで卯辰課長は、前同様に保管使用を委されていた被告会社の社印及び代表者印を押捺して本件規定を作成したうえ、原告の意見を従業員代表者の意見として付し、昭和五七年六月一九日、本件規定を同時に作成した就業規則とともに阿倍野労働基準監督署に、また、そのころ、近畿海運局にそれぞれ届け出る一方、会社内においても、冊子にまとめて従業員全員に回覧し、周知徹底をはかった。
以上の事実を認めることができる。ところで、被告代表者は本人尋問において、本件規定は労働基準監督署に赴いた際同署の係官から初めて見せられたものであって、あらかじめその作成に了解を与えたことはない、また、本件規定に押捺されている角型の社印は全然知らないものであり、丸型の代表者印も一切使用していないなどと供述している。しかし、証人卯辰博郷、同梶川誠治、同中山陽運が、宇田社長は本件規定が労働基準監督署に届け出られる以前、卯辰課長からその内容を説明され、その際了解を与えていた旨一致して証言しているうえ、(証拠略)によれば、本件規定に押捺されている社印、代表者印の各印影等は、いずれも被告会社においてこれまで官公庁に提出してきた書類に押捺されているそれと同一のものであることが認められること等に照らすと、右代表者本人の右供述はたやすく信用することができない。また、証人中山陽運の証言中には、本件規定が作成された当時の被告会社の資金状態等からみて、本件規定は宇田社長が十分納得して作成されたものではない旨、証人表久守の証言中には、同証人が被告会社の和議整理委員として宇田社長らから事情聴取した際、宇田社長の知らない間に本件規定が作成された感じを受けた旨の各供述部分が存するが、右各供述部分はいずれも憶測の域を出ないうえ、証人卯辰博郷、同梶川誠治の各証言とも対比すると、たやすく採用することができない。また、以上のほか証人梶川誠治、同中山陽運の各証言中には、本件規定作成前後の経緯に関し右認定に必ずしもそわない部分もあるがいずれもたやすく採用できない。そして、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。
以上の認定事実によれば、甲一号証の一、及び二の成立の真正を認めるに十分であって、結局本件規定は、被告会社の代表者である宇田社長の了解にもとづいて作成されたうえ、従業員に周知徹底されたものと認められる。したがって、本件規定の効力発生は、これを肯認しなければならない。
2 これに対し、被告会社は、本件規定の作成は、被告会社が、従業員との間で、被告会社破産の場合に優先債権として従業員の退職金債権を認めてもらう意図の下に、通謀してなした仮装の合意にもとづくものであるから無効である旨主張(抗弁1)するので以下検討する。
(一) まず、証人中山陽運の証言には、本件規定は被告会社が破産した場合に従業員の退職金債権を優先債権として認めてもらう目的で作成されたものであって、被告会社が事業を継続する場合には本件規定にもとづいて退職金を支払う考えはなく、そのことは従業員も了解していた筈であるとの供述部分が存し、被告代表者本人尋問の結果中にも、後から右のような目的で本件規定が作成されたことを聞いた旨の供述部分が存する。しかし、証人梶川誠治、同卯辰博郷が右各供述部分に反する証言をしており加えて中山陽運の証言及び被告代表者本人尋問の結果によれば、被告会社が本件規定にもとづく退職金請求の即時支払いに応じれば、和議条件の履行が不可能となって和議取消の虞があるため、かかる事態をおそれていることが窺われるから、同人らの右各供述部分はたやすく信用することはできない。また、証人表久守の証言中には、右各供述部分といささか趣旨を異にするが、同証人が和議整理委員として主に中山陽運から被告会社の事情を聴いた際、本件規定は、被告会社が倒産状態に陥った場合、優先債権たる従業員退職金を多額に支払わなければならないよう仮装しておけば、事実上債権者から会社財産に強制執行等を受けることが避けられるとの意図の下に作成されたものであると説明を受けた。そして、この点被告会社の経理課長であった梶川誠治と若い経理課員に確認したところ、同様の説明を受けた旨の供述部分が存する。しかし、同証人が仮に右供述部分どおりに中山陽運から説明を受けたものとしても、右中山の説明が前示のとおり、和議の成立を切望する立場上なされた疑いがあること、証人梶川誠治は、表久守に対し、右供述部分にあるような説明をしたことはない旨証言していること、右供述部分にある若い経理課員を確認するに足りる証拠がないこと等に照らすと、右供述部分もたやすく採用することができない。
課表の考課要素一八項目が全般的に優秀を申請する直前の昭和五七年五月二五、六日ころ作成されたものであって、当時は、被告が、主要取引金融機関からの融資も拒否され、従業員の給料の支払にも事欠くような状態であったこと、右和議申請後その認可決定までの間に五〇名余の従業員の人員整理がなされたことは、前認定のとおりであり成立に争いのない(証拠略)並びに表証言及び卯辰証言によれば、従業員らより、和議の整理委員表久守弁護士に対し、本件規定にもとづく退職金債権が存在する旨の主張がなされなかったこともあって、同弁護士は、本件規定にもとづく退職金債権を計上しない意見書を作成し、また、債権者集会でも退職金債権のことで紛糾した形跡もなく、右意見書を前提として和議認可決定が下されていることなどがそれぞれ認められ、以上の事実によれば、被告が、本件規定作成当時、前記人員整理による退職金の支給をなしうるような経営状況になく、右人員整理による従業員が、果して本件規定にもとづく退職金を請求する意思をもっていたかについて疑念を生じさせないではない。しかしながら、本件規定は、従業員が永年被告にその作成を要望して来たり、昭和五六年末ころの経営悪化に伴う従業員らの切望が加わった結果作成されるに至り、しかも、その支給基準内容についても、わざわざ被告会社に適した資料を種々集めて相当期間に亘る調査研究を経て作成されたものであり、また、その作成当時は和議申請がなされ前記多数の人員整理がなされることを従業員は知らされておらず、卯辰から、その起案にかかる本件規定を見せられた宇田社長も、当初は「お前らこれを作って会社の財産をくいものにする気か。」などと、発言し、たやすく了解しなかったものの、最終的には、「仕方がない。」とその制定を了解する態度を示していること、本件規定は、労働基準監督署及び近畿海運局に届け出られ、かつ、会社内においても周知徹底措置が講じられるなど本件規定の正式な制定に向けて積極的な行動のとられていることは前認定(二1)のとおりであり、加えて、証人中山陽運、同梶川誠治、同卯辰博郷の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、被告の和議申請後に人員整理により被告を退職した従業員の大半は、自己の生活に追われ、整理委員に対し、本件就業規則にもとづいて退職金を請求するどころではなく、他方、宇田社長に対し、右退職金を請求した者も一〇名位はあり、これに対し同社長は「退職金を払うにも金がないのだから、辛抱して欲しい。」旨の話をしている(これに反する被告代表者本人尋問の結果はたやすく信用できない。)ことが認められるのである。右事実関係に照らせば、本項(二)冒頭掲示の事実からは到底抗弁1の事実を推認することはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
したがって、被告の右抗弁は理由がない。
3 また、被告会社は、原告を含む全従業員との間で、昭和五七年六月三〇日ころ、退職金不支給の合意をした旨主張(抗弁2)し、(証拠略)、証人表久守の証言中には、従業員において被告会社に対し本件規定にもとづき退職金を請求する意思はない旨の記載部分と供述部分が、また、被告代表者本人尋問の結果中には、原告を除く従業員から本件規定にもとづいて退職金の請求を受けたことが一度もない旨の供述部分が存するが、右記載部分及び供述部分は、証人梶川誠治、同卯辰博郷、同中山陽運が、いずれも被告会社と従業員との間で退職金不支給の合意がなされたことはない旨証言していること、また、右各証人の証言によれば、被告会社が和議認可の決定を受けた後にも、原告を含む何名かの退職従業員が被告会社に対し退職金の請求をしており、その余の退職従業員も結局被告会社に支払能力がないため退職金の請求を控えているか、事実上あきらめているにすぎないことが認められること等に照らし、たやすく信用できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告会社の右主張も採用の限りでない。
4 以上によれば、原告は、被告会社に対し、本件規定にもとづく退職金請求権を有するといわなければならない。
しかして、本件規定上、従業員に支給される退職金の額は退職時の基本給に勤務期間に応じた支給率を乗じた額と定められていることは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、本件規定第二条において基本給、基本日額なる表現がなされていることが認められ、これと経理担当者である証人梶川誠治及び本件規定の作成者証人卯辰博郷の各証言を総合すれば、右の基本給とは、諸手当を除く基本賃金をさすものと認めるのが相当であるから、当事者間に争いがない本件即時解雇直前の原告の基本賃金月額二〇万四〇〇〇円に、(証拠略)により認められる原告の支給率(会社都合による退職、勤続年数一六年)一六・五を乗じると、原告の退職金額は三三六万六〇〇〇円となる。
5 前掲甲一号証の二によれば、本件規定に基づく退職金については支払時期が定められていないことが認められるから、本件規定に基づく退職金支払債務はいわゆる期限の定めのない債務に当たるというべきである。そうすると、退職金については、これを使用者が就業規則等に規定を設け、予めその支給条件を明確にし、その支払を使用者の義務としている場合には、労基法所定の賃金に該当すると解するのが相当であるところ、(証拠略)により認められる本件規定の内容からすると、本件規定に基づく退職金も労基法所定の賃金に該当すると解されるから、その支払については、同法二三条にもとづき退職した従業員の請求のあった日から七日以内にこれを支払うべきであり、その期間経過後は遅滞の責任を負うものと解するのが相当である。しかして、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告会社に対し、本件即時解雇の翌月である昭和五七年一〇月五日から本訴請求に至るまで度々本件規定に基づく退職金の支払を請求したことが認められる。
6 以上説示したところによれば、被告会社は原告に対し、退職金三三六万六〇〇〇円及びこれに対する右認定の請求の日から七日間経過した日の後であることが明らかである昭和五八年四月六日以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を有するというべきである。
三 次に、原告の解雇予告手当及び附加金請求について判断する。
1 労基法二〇条(解雇予告制度)は、専ら労働者保護のために、解雇について、使用者に対し、労働者に次の就業の機会をみいだすための準備期間を与える趣旨で、解雇の効力発生までの間に少なくとも三〇日以上の期間を有する予告を予めなすか(一項一文)、若しくは、爾後の就業準備期間中の生活補償の趣旨で、三〇日分以上の平均賃金に相当する解雇予告手当を解雇の意思表示と共に現実に支払うべき(同項二文)、各義務を罰則付きで定め民法六二七条一項を修正し、他方、労基法一一四条は、裁判所が使用者に対し、解雇予告手当についても、その未払の際に、未払金と共に附加金支払を命じうる旨定め、解雇の意思表示の後に使用者に解雇予告手当支払義務(債務)が残存することがあることを前提としているものである。右労基法二〇条の目的、趣旨と、同条、同一一四条の相関関係に照らせば、使用者が労基法二〇条一項二文に違反して、労働者に対し、解雇予告手当の現実の支払をなすことなく即時解雇の意思表示をなしたときは、労働者においてその無効を主張することもできるが(なお、この際には、使用者が即時解雇に固執する趣旨でない限り、三〇日経過後解雇は有効となる〔最判昭和三五年三月一一日判決民集一四巻三号四〇三頁参照〕)、他方、労働者において、右即時解雇の意思表示の瑕疵(効力)を争わず、その有効を前提として解雇予告手当の請求を選択することも許されるものと解するのが、労働者の保護に欠けるところがなく相当である。そして、この場合、労働者の右請求により、使用者は、労基法二〇条に基づき即時解雇の時点において法律上発生した期限の定めのない債務たる性質を有する解雇予告手当支払債務を負担するものと解するのが相当である。
そこで、これを本件についてみるに、原告が本件即時解雇の意思表示の有効を前提として、解雇予告手当を請求していることは明らかであり、請求原因4のうち、原告の平均日額賃金が金八三一五円であることは、被告会社において明らかに争わないから自白したものとみなすことができるので、これに三〇日を乗じた金二四万九四五〇円の解雇予告手当請求権を認めることができる。また、請求原因5のうち、原告が、被告会社に対し、昭和五八年四月五日到達の内容証明郵便をもって右解雇予告手当を請求したことを認めるに足りる証拠はない(成立に争いのない<証拠略>によれば、同日到達の内容証明郵便で催告したのは、退職金及び当時の未払給料のみであったと認めるのが相当である。)ものの、本件訴状をもって右解雇予告手当の支払を催告していることは、当裁判所に顕著であるから、被告会社は右解雇予告手当請求権につき、本件訴状送達の翌日である同月二六日から遅滞に陥っているものと解される。
2 被告会社は、原告を含む全従業員との間で、昭和五七年五月ころ、解雇予告手当について支払猶予の合意をした旨主張(抗弁3)するが、これを認めるに足りる証拠はない。
3 また、原告が、被告会社に対し、本件訴状をもって前記解雇予告手当と同額の附加金の支払を請求していることも、当裁判所に顕著である。そして、被告会社は、本件解雇当時、経営危機に陥り和議の申請をなしていたことが認められる(前記二1参照)ものの、この事実は被告会社に労基法二〇条違反を正当化せしめる事情とはいえず、他に同条違反を正当化せしめる事情も記録上認められない。したがって、被告会社は原告に対し、附加金二四万九四五〇円及びこれに対する本判決確定の日の翌日以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を有するというべきである。
四 以上の次第であるから、本訴請求は、退職金として三三六万六〇〇〇円、解雇予告手当として二四万九四五〇円及び附加金として二四万九四五〇円、並びに、右退職金に対する弁済期の後である昭和五八年四月六日以降、右解雇予告手当に対する本件訴状送達の翌日である同月二六日以降及び右附加金に対する本判決確定の日の翌日以降各支払ずみまでいずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉本昭一 裁判官 水谷博之 裁判官 波床昌則)